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竹山馳駆太郎日記
オヤディな日々
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しょうけい
夏に咲く
子供のころ、
哀しい音色が街角に聞こえていた。

せんそうのかっこうをしたこわいひとたち

上野公園で、
横浜で、電車の中で、
ガァド下で、小便横丁で、

体のどこかにけがをしていて、
シオカラ声で、
ガチャガチャという音がして、

ひたすら悲しく、
恐ろしくて、その夜は怖い夢をみたものだが。

でもそれは都市伝説でもなければ、
忘れ去られるべき悪夢でもない。

アレハイッタイナンダッタノカ

自分なりに知り、伝えたい、
そう思うようになったのはいつのことだったろうか。
蝉時雨の杜
蝉時雨の九段下、
平和学習という何とも漠然としたテーマを投げかけられたぷいこと、

千鳥ヶ淵戦没者墓苑ー靖国神社ー遊就館ーしょうけい館ー東京慰霊堂

そんな一日を過ごした。

東京慰霊堂は下町だけれど、
あとはすべて九段下、である。

しょうけい館

怪我を負い、
あるいは病に倒れた方々の労苦を「承り、語り継ぐ」

つまり辛酸をなめつつ生き残り、
生き続けた方々の記憶である。

徴兵のシステムから、召集、戦地へ、
受傷、闘病、輸送、リハビリ、
そして戦後の姿。
帰還

往きて還りし方々の記憶である。

リハビリに励む写真は、たくましき笑顔の青年である。
しばし、その写真の前に立ち尽くした。

子供が恐ろしくて夢にうなされる、
そんな悲しみの姿ではない。

戦後処理の中で、
敵として闘った傷病軍人に恩給を厚くするのはいかがなものか
そんな時代に障害を負って生きることはどんなにつらいことであったか。

国自体が貧しく食糧がいきわたらない時代、
食べていくために包帯代のために「白衣募金」として街頭に出た、
そんな彼らがいたことを。

多分ワタクシより若い方々はご覧になったことがないだろう。
残念なことに、
横溝正史作品に語られているような、
そんなカリカチュアとしてでしか。

敬意も労りもなく、
傷を晒して哀しき軍歌を奏でる、
そんな方々の労苦の上に今日はある。

東京オリンピックを境に、
また生活保護法や障害者福祉が形になっていくのと共に、
「白衣募金」はなくなっていったのだという。

漫画家の水木しげる氏が
「白衣募金でいろんなところへ行った」
そう証言をしているのみで、
街頭に立った方たちの証言は一つもない、という。

どれほど辛いことであっただろうか。


彼らは戦争の忘れ形見や亡者なのではなく、
生還者だったのだ。
そして、いま、
吾等はその生還者のことばを承る最後のリングを生きている、

そんなことを感じているこの夏である。




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コメント
この記事へのコメント
きれい
はすの花きれいだね^^
今年は琵琶湖湖岸に
見にいけなかったわ(ノ_・。)
2008/09/17(水) 16:57:46 | URL | ゆりりん [ 編集]
ゆりりん(はぁと
琵琶湖もきれいだろうな。

不忍池はちょっと盛りを過ぎていたよ。

んでもって、
亀は大増殖。

対岸まで亀の甲羅で渡れる日も近いかも
2008/09/18(木) 09:52:20 | URL | ちくたろう@ [ 編集]
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